土屋先生おすすめの展覧会です

-「レベッカ・ホルン展 -鴉と鯨の対話-」  
   09.10.31 sat.-10.02.14  sun.
         東京都現代美術館


-「アイ・ウェイウェイ展 -何に因って?-」
  09.07.25 sat-09.11.08 sun
          森美術館



先生からみんなに伝言です!
「制作に行き詰まったときはお家に籠って作品のアイデアを考えるよりも美術館に足を運んでみると良い」
そうです。上の2つは是非行ってみましょうとのことでした。

test2

前回の実験で自分なりに決まったことをまずまとめます。

モチーフの大きさを5ミリにする。(太すぎては繊細さが失われてしまうため)
壁は基本的には平面を使用する。 (一部曲面も出てくるかもしれません)
電球は白熱灯を使用します。   (他の電球では影が出ないものもありました。)

test2ではモチーフをどのようにしてみせるか? (重ねるのか、1枚でみせるのか、など)を考えます。

1-a モチーフを重ねる個人的にはすごく好きです。距離感が読み取れなくなる所や重なり合っている模様が奇麗です

1-b その場合の影の出方
残念ながら光と壁に距離ができてしまう為、影は奇麗ではありません。

2-a モチーフを壁に近づけてライトをあてる
  

この場合影はほぼモチーフと同じようなものが壁に映し出されます。
そこで、一つの提案です。
ライトとモチーフ、壁と人間の関係について考えてみました。

ON+にて

昨日は市原さん太田くん津田くんとともにON+にお邪魔しました。
中村さんに溶接を教えてもらうためです。


僕が溶接をやろうと思った理由は、いままであまり素材に触れたことがなかったので鉄を扱ってみたかったということとレンガの規格が何かヒントにならないかと考え、棒材でこの規格のフレームを作ってみようと思ったからです。

越後さんが修制で使ったという2,5ミリくらいの材で試したところ、全然溶接できずだいぶ挫折感を味わいました。。練習あるのみ、みたいです。。


また中村さんに話を聞いてもらって意見をいただきました。
伝えた内容は先週先生と話した、「敷地の場所に絵の問題を持ち込む」ということです。

9月に先生に自分の絵を見せて「何が描きたいのかわからない」と指摘されるまで絵を描くことに対してあまり考えることはせずに、描きたいから描く、という姿勢でやっていただけでした。
それ以降思いを巡らせていましたが、絵を描くことが何か、全然見えてきません。

そこで中村さんに言ってもらったのは、「それまで考えていなかったということを考えてはどうか」ということです。
考えていないながら絵画にこだわっていたということはそこに自分の絵に対する意思があったはずでそれを探っていけばいいのではないか。。その通りだと思いました。

漠然と、絵を描くこと、と考えていても何も分かることはなく、たぶん自分の経験から読み解かなければ自分のリアリティは生まれないはずです。
経験で語る、その意味は自転車の旅でも実感したことでした。
いろいろ考えているとよく分からなくなりますが、変に難しい議題に答えようとすることはやめようと思います。


中村さんありがとうございました!

エスキス(10/22)

戸谷成雄さんのところへお邪魔してきました。
下の写真にある彫刻は、戸谷さんが学部二年生の時の作品です。
「今みると色々な要素が詰まっている」とおっしゃっていました。
2002年の発電所美術館で開かれた個展『連句的-発句としての70年代』
の本をいただきました。その本の内容から視線、ズレ、ゆがみのお話が印象的でした。
お忙しい中、貴重なお話をしていただいて本当にありがとうございました。

 


 
 

test

test

1-a 5mmのモチーフ
   曲線の壁
   白熱灯
 

1-b
  2つのモチーフに距離を持たせた場合

2-a  5mmのモチーフ
    直線の壁
    白熱灯2-b 2つのモチーフに距離を持たせた場合

3 ボリューム

a 5mmのモチーフ

b 10mmのモチーフ
  角度をつけた場合

先週の先生との話


この場所やレンガ壁に魅力を感じ、これを生かしたい
という思いを先生に伝えたところ、

この場所を(風景として)見せることとは。。
普段誰も集中して見ていない↓↓

 枠を(既成概念)をくずすという操作を行う。

・階段の床レンガと壁レンガを反転する
・この空間を内部空間として扱う

などのアドバイスをいただきました。

それから、風景とは目を閉じれば消えてしまうのか、という質問が印象的でした。
僕はそこに吹く風や学生の声など、様々な要素がその場所をつくっているはずだから
目を閉じても消えない、と答えましたが、
そのような空気感を感じさせる作品が出来たらすごいと思いました。


また僕の卒制は、“絵を描きたい”というところから始まりました。
そして絵を描くことはこれからもずっと続けていきたいと思っています。
その上で先生から、

この場所に何かをつくる上で、絵画の問題を持ち込み、これを空間で表現する。

それが僕のオリジナルになる、ということでした。
難しい話です。正直全然分かりません。。
でもこれが出来なければ僕自身が納得できないのかもしれません。
絵を描き続けるといっても、単なる日曜画家になりたくはありません。
今は先生から聞いた“風景画の距離感”の話などを参考にしながら思いを巡らせたり
絵を描いたりしています。

検証

         トルソーを壁の中心に置いてみる。


         壁の中心から少しずらしてみる。


         周辺から眺める。


         トルソーを移動させてみる。

検証

地面にラインを引くなどして、見え方の検証です。



場所を読む

敷地希望地は1号館の中央広場に面した赤レンガの壁が印象的な場所です。
ムサビ創建当初はマスタープランの中核を成す二つの軸線上やほとんどの地面は
赤レンガで覆われていました。



その中で1号館のこの場所は地面と同じ赤レンガで唯一壁が造られた所です。
その積み方はフランス積みです。しかし建築法規上、明治時代以降の主流は
イギリス積みであったと言うことです。
あえてフランス積みを採用した理由はムサビ全体を統一させていた地面の
レンガのパターンに由来しているように思えます。
            
            フランス積みのレンガ壁

            地面レンガのパターン


この場所に建築家 芦原義信の何か強い意思が込められているのではないかと考え、とても魅力を感じています。              

経過報告



テーマを風景に定め、風景を作り出せないか、と漠然と考えていました。
限られた敷地の中で奥行きのある風景を見せ、印象に残す、ということで水盤を作る案です。



1号館裏口の堀下がった部分に水をはり
その手前の芝生スペースには雑木林を模倣し、雑木林を抜けた先で水盤に映ったその光景を眺めます。





太田さんに見てもらったところ、風景をつくる、というより
距離をつくっているように見える、と意見をいただきました。

水をはったこのスペースは1-104講義室への扉があります。
その扉へは普段はたった3段の階段を下りてすぐたどり着けるのですが
水によって先に進むことが出来ず、目の前にある扉が遠い存在になってしまう。。
というような距離が生まれているのではないか、という話でした。


また卒業研究で僕は旅の風景が体に刻まれていた、という話をしていました。
これに関しても太田さんから
風景よりも宮崎から東京までの距離を感じていた印象の方が強いのではないか。。
旅先での出会いなどの方が体験として強く残っているのではないか。。
という意見をもらいました。


そうかもしれません。
もう一度旅の経験を振り返ってテーマを見直してみる必要がありそうです。

展示場所候補

私は展示場所を室内と屋外で迷っていましたが、やっぱり屋外で展示をしたいという思いが強くなり、設置場所候補を探して校内をうろうろ歩いています。



候補①
10号館吹き抜け部分








候補②
4号館吹き抜け(写真は7号館を正面奥に向いたところから撮っています。)

この梁を生かした作品ができないかと考えています。







その他12号館ドライエリアなども見て回りましたが、現時点では4号館(7号館を背にして向かって右端の吹き抜け部分)での展示を考えています。

既存の建築と関わりをもつ作品にしたいので、梁を積極的に利用する方向性でイメージを出していきたいですが、吹き抜け部分にコードがクロスした状態で照明がぶら下がっているのが一つ難点としてあります。生活課に尋ねたところ、それらの取り外しはできないということです。それから動線を確保しながらプランを練らなくてはならないという点もあります。








卒業制作

大学でのこれまでの制作を通して自分自身が何に魅力を感じているかという事を見直すことで、それぞれの課題にあるコンセプトとは別に大きなテーマが浮かび上がってきたことに気づくことができた。


    資料1 
     

エドワード・T・ホール「文化としての時間」では
「人間は単一のコミュニケーションの世界にすんでいるがことばと行動という2つの分野に世界を分けている」とある。
このことから、時の流れを表現するにあたり言語要素を取り除き、自分自身が強く関わることに努力したものが「トウキョウ散歩」である。
しかし、場所の持つ力は壮大であり、大地に深く根をはった時間の経過は自分が表現したいコアな部分を飲み込むことさえある。
このトウキョウ散歩で飲み込まれた、本当に私自身が見ていたものを「隠れた時間」ということにする。

私の中での時間という物を分解して考えることをはじめていきたい。

私たちの生活のリズムを支える生物時間はそもそもすべての生物の始まりとされる一つの大きな軸である。
生命が誕生する以前の宇宙の惑星による自転によって私たちの時間のサイクルが決定され、季節のリズムが作り上げられた。
私たち個人の生活は基本的にこの生物時間をベースに繰り返される。
生物時間とは別に時計という物質が他の見えない時間をより見えにくくさせている。
時計という物が表す一定のスピードは時間というものをより機械的にコントロールできることから、現在の生活に関わるほとんどの事柄が機械的に行われている。

しかし、私は「時間」というものは、決して簡単に計ることのできないものであり、人間の感情や環境で様々な形に色付けられて行く、魅力的なものだと感じている。

その隠れた時間の魅力の深さをもう少し、整理して考えて行きたい。

卒業設計中間発表


私は人が日常という形で直接に関わっている領域においてつくられている空間に興味を持ち始めてから、東京をヒューマンスケールで歩いてまわることを続けています。
その中で次第に家と道との境界につくられる空間、つまり「庭」と呼ばれるような空間に特に惹かれるようになり、
卒業研究では東京における「庭」という概念を掴むことを目指しました。
パネルの写真は「庭」として捉えた空間を残したものです。
しかし写真の通り、一般的なイメージの庭、計画的に草木・池などを配置し、整えられたものではありません。
見落とすほどに小さいもの、趣旨のわからないような不思議なもの、しまいには植物を使っていなかったり、土地を必要としていないようなものだったりと、
ありそうにない所、あり得ない所に出来やすく、
とても庭とは言い難いような代物ばかりです。
しかしそれらの「庭」はいくら狭くても広がりを感じます。
見ているとその人の世界や夢などの想像が膨らむのです。
東京の「庭」は“広いか狭いか”でもなく、実際に手に入る空間を求めているようでもなく、
彼らは実際には手にしていないけれども手にしているように見える感覚を求めているように思えます。
その感覚は東京に住んでいる限り元々手に入れること出来るわけがないという欠如から生まれてきているのかもしれない。
しかしそのような感覚には、物質的な空間の奥にさらに脳を使って感じられる空間があります。
目に見える空間と目に見えない空間が共に感じられる壮大な空間です。
そのような空間の捉え方、解釈にヒントを得ながら卒業制作に繋げていきたいので歩くことはしばらく続け、
卒業制作では、普段使っている場所を舞台に、鑑賞者に想像を膨らませ得るような空間、入り込める余地のある作品を考えたいと思います。