今日朝方も話していたことですが、
美しさをつくる
‐ 必要な要素を組み込んでいき、設計の範囲で完結した建築(屋上)は、
機械的なイメージが強く、
美しさに欠けてる
その美しさというのは、
ボリュームやファサードなどあの場所の建築があってこそ成るアートと、
そのアートあってこそ完結し得る建築が、
関係性を持って生まれるもの
あの場所に訪れる人のほとんどは、アートが導入されたあの場所を見るとき、
なぜそうか、というような言い方、自分の知識と照らし合わせながら見るような事はしないだろうし、
造形物として視覚的意味を持った美しいものがあれば、素直に美しいと観て喜んでくれると思う
でも、私たちは今、決定されたボリュームとファサードと配置のある屋上でアートに挑んでいて、
それらが在るからこそ成るアートを造って、そして同時に建築も美しさを持って完結させたい
関係性を持って生まれる美しさをつくりたい
ただ、だからといってあまり言語的意味に集約してしまわないようには気をつけようと思っています・・
光(色)ですが、先週の講評の時点では「塔」というワードが強くでましたが、
現段階の中で「塔」にうまくしっくりこない部分があります
“フォーリー”とダイナミズムは、私の中でもみんなの中でも上記の内容に沿って大いに展開できてきています
でも、屋上にもってくる“美しさ”を考えるときに、
光(色)にも可能性がある
あそこにもってくる光(色)はどういう形をとってくるか、どういうアプローチが考え得るか、
「塔」ではない形態でも思索中、というところです
ここ数日の児玉は頭の中で行き詰まりがちな感じなので、どんどんマケットやドローイングに落とし込んでいくように努めたい